物好きな人にも迷惑な雑談2












 個人的な趣味の話などたわいのない話ばかり、いかなる時も
 何の役にもたたない雑談のあれこれ集。
ホントにおヒマな物好きな方だけおつき合いください。



春の気配が感じられる公園の静かな昼時、穏やかな時間は願ったもののすべてかもしれない






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進歩もほどほどに/10月30日

 携帯電話と書くとなんだか別物のようにも思えるが、「ケータイ」の進歩ぶりにはただもうあっけにに取られるばかりである。登場してからまだ10年にもならないだろうに、いまや写真付きがあたりまえ、さらにチケットの代わりとなる機能やら電子マネーの機能もついて、今後ケータイひとつでなんでもOKになるという。この状態が進めば、ケータイなしの暮らしはありえなくなるのだろうか?芝居のチケットも乗車券も今のように紙のチケットがなくなるのだろうか?「とし」など冗談で、「そのうち現金で払うなんて言ったら文句言われるようになるんだろうか?1円玉をいくつも出して消費税払おうなんてしたら『いいかげんにしてくださいよ』なんてね」と心配している。でも、そんなケータイを万一落としたら大変だ。となると、みな首からケータイをかけるようになるのだろうか?

 それにしても、H.G.ウエルズをはじめとするSF小説や映画、アニメで描かれた未来にいる私たち、なんだか進歩する分野が予想とずいぶんずれているようだ。かつて、ファッション関係では21世紀には宇宙ルックだの映画「バーバレラ」のようなボディスーツを着るようになるかもしれないと、思い描いたこともあったが、現実にはシルエットやレングスは変動しても、素材も含めあまり変化のない装いのままである(だから古い服を平気で着ていられるわけだ)。しかも時にレトロな風が吹いて、60年代、70年代のファッションが回帰したりもする。その一方で、道を歩いていて背後の話し声に驚いて振り向くと、てんでにケータイで通話中。さらに車中では熱心にメール送信中だったり、何かあるとさっとケータイを取り出していっせいに写真をとっていたり・・・ということが日常風景になるとはまったく予想していなかったのではないでしょうか?技術的には限りなく突き進んでいける、いきたいということかもしれませんが、でも本当に必要な技術なのか、何度でも問い直さなきゃ。技術的に可能なものをすべて実現させてきたから核兵器や原発など蔓延することにもなったのではないだろうか?

 それにしても「とし」のケータイ元年はいつ?





クレージードライブ・パート2/10月28日

 気持ちのよい秋晴れのある日、いつものように母を助手席に乗せて舞浜へとドライブに出かけました。ディズニーランドやディズニーシーのまわりを走って(何度もここを通るのですが、実はまだ一度も中に入ったことがない・・・、いつも「混んでるね」「あれ、今日は駐車場ガラガラだ」など眺めるのみ)、無料の舞浜大橋を渡るつもりが、なぜか間違って首都高の入り口に入ってしまった。東京方面の誘導に釣られて大失敗。もはや引き返すこともできず、やむなく高速代を払ってドキドキしながら進入。と幸い、すいていて合流は簡単だった、ってことでヤレヤレ!!それでも本来走るはずだった並走する一般道を恨めしく見ながら、「え〜、これからどこへ行くの?」日本橋・銀座方面はまずいなぁ・・・、と案内板をみると、四つ木方面あり。これこれと分岐を曲がると車は私達のみの貸しきり状態。これならのんびり走れる、なんだ!案ずるよりも産むが安し・・・と思っていたら、合流地点で前後に車が・・・、でもなんとラッキー、前の車は道路公団の保守点検車のようで、いたってのんびりと走るから、その後について私ものんびりと・・・。お急ぎの方は追い越し車線に出てご自由にどうぞ、と思っていたら、その公団の車が船堀橋で下りちゃうらしい。となれば、私も下ります・・・、下りますともと700円にしてはあまりに短い距離でしたが、走るつもりもなかった首都高をほんのちょっぴり体験してしまいました。それにしても、スピードよりもなによりも、荒川に沿ってあまりに高いところを走るのがまず怖い、ダメ・ドライバーでした。





動物と話せたら・・・

 長年の願望のひとつは「動物と話せること」。「ドリトル先生」は動物と話せるとあって、ずいぶんうらやましかった。犬、猫だけだが、これまでに何匹も共に暮らしてきたから、彼らにも微妙な個性のちがいがあることを感じてはいたけれど、もし話し合えたらさぞかし発見も多かっただろう。たまたま先日見た映画の「ドクター・ドリトル」は原作とえらく異なり、どたばたコメディとなっていたが、でも動物と話せるところはやはりうらやましい。と、息子に話したら、「言葉が分からない方がいいんじゃない。『ぼやぼやせんと、さっさと飯出さんかい!!』って言われるだけだよ」。確かに、その気配濃厚。さらに、「とし」いわく「『もっと稼いでこい』ッて言うかも知れん」と被害妄想の気配。犬や猫が人間をどう見ているか・・・、けっこう、いや、かなり辛らつだろうことは予想がつく。顔を見た瞬間に「イ〜ッ!!そばに来ないで!」「Don't touch me!」なんて言われてしまうかも・・・。でも、今やすっかり老いぼれてしまっているが、かつてどこからかやって来てちゃっかり我家に住み着いてしまった犬に、それ以前の様子(かつての飼い主や流浪の物語)を聞き出してみたい、あわよくば、本にまとめてベストセラー・・・なんて夢もあるのだが、やはり無理ですよね・・・。





パソコン・ちんぷんかんぷん/10月8日

 90年11月に始めた自然通信は97年10月号までは2〜3回買い換えたワープロで作成していましたが、97年11月からはやっとのことでパソコン制作となった。ワープロ制作の間は原稿を打つと、コピーで縮小、台紙に貼り込んでいたから、パソコンに変わり、誌面レイアウトが自在になったのは、本当に画期的でした。とは言え、最初はどこをどうすればよいのか、さっぱり分からないので、スタート前に数回甥に教えてもらったりしたが、教わっている間は結局チンプンカンプンでした。ひとりで通信を作成する過程で「あれ〜!」「うわっ!助けて〜」などとドタバタしながら多少覚えるしかなかったみたい。そもそも勉強熱心でもなく、探究心も乏しいので、とりあえず、「通信ができれば良いや」ですませたい私に、無理難題、あれこれ注文をつける「とし」がうるさいがために、嫌々ながら日々パソコン相手に格闘を続けています。そのパソコンも3台目、機種が変わるにつれてさまざまな操作も変わり、結局一からやり直しとなるところ、何とかしてほしい!パソコン1台目と2台目はMAC、それゆえ自宅のメール&ネット用もI BOOKにしました。しかし、仕事場の現在の機種はIBM。そこで、古いMACに入っている原稿を活用できない。WINDOWSに変換しなくてはならないのに、面倒なものでいまだ1日伸ばしにしている。実際、パソコンがもつ能力の1%くらいしか使ってないんじゃないだろうか?わたしは・・・・。

 トラブルでよくよく困った時は「HELP!」と本当に助っ人を頼みます。いつまでも頼ってちゃいけないだけど・・・。たとえば、接続ケーブルのちがい云々、正直さっぱり、わけ分かりません。

 用語からして分からない、操作がわからない、問題発生して困った時ヘルプを開いても「これ日本語?」というくらいチンプンカンプン、何という体たらく!目下原稿作成して保存、あとで手直しをして再保存と相成ったとき「共有違反・・・なんたらかんたら・・」と表示が出て、修正保存が利かなくなることがあります。全部が全部なるわけでなく、突発的、まさにパソのご機嫌次第としか思えません。操作方法、解除するやり方も分からず、しかも削除もできない、という状況が時折発生するので頭を悩ましている。でも、別名で保存は利くのでまあなんとかやり過ごしているけれど・・・。

 それでも、「とし」の原稿を入力したり、資料作り、チラシに会報etc,.毎日パソコンとにらめっこしています。朝と夜にはメールをチェックし、ホームページをいじり、時にはネット・サーフィンのまねごともあるので、いつのまにかパソと深いお付き合いとなってます。未だに基本的にはチンプンカンプンなのにね。ただ、はるか昔、学生時代に英文タイプをならったことが(しかし、基準1分間に40wordsのクリアは当然ならず)はからずも、今役立っています。でも、最近TVで目薬だの、眼の疲れを取る薬などみると、必要性を痛感するようになってきました。いやはや、私とパソコン、付き合うこと自体に無理があり、「何かへん?」な気もするけれど・・・・??







柔軟でありたい/9月20日

 信念を持つことはよいが、ガチガチに凝り固まるのはよろしくないのではないか。できるだけ、先入観をもたず、柔軟でありたいと思う。新しい音楽、前衛的作品も頭ごなしに否定しないでいたい。
 自らの常識やルールと相容れない場合でも、一応は相手の身に思いをいたして考えてみる。もちろんそれでも納得行かなければ、否定してしまうことにもなるが、でもあれこれ考えてみるくらいはどうってことでもあるまい。とはいえ、ブッシュや小泉の立場に思い致してみる気はさらさらないんだけど・・・。

 その昔、仕事の関係で父がつき合ったアメリカ人ははっきりと二派に分れたと言う。こちらの方が多数派なのだが、刺身などとんでもない、滞在中はず〜っとホテルのレストランでなじみのフランス料理をとるのみ(今のように和食ブームになるはるか以前のことゆえ)。一方、開拓者精神を発揮して、なんでも食してみようと言う人もたまにいたらしい。屋台でおでん、さらに調子に乗って納豆だ、梅干しだと挑戦させると、「Interesting」「Curious」と食してもらえれば、うれしくなる。この話を聞いて、なるべく偏見なくとりあえず食してみるべきだと思うようになった。とはいえ、イナゴ、ハチノコあたりが限界かも知れない。ともかく、ふつうに人が食している食べ物には成るべく偏見なくありたいとは思う。しかし、もちろん好き嫌いはあるが、とりあえず食べてみてから決めたい。食わず嫌いはいかがかと言いたいが、とりあえずホヤが苦手なのは事実です。

食べ物に限らず、好き嫌い、偏見は見る眼を濁らせる。どんな作品にもどこか「良いところ:」を見つけたいけれど、あら探しの方が容易いのも事実。もっと早く気づいていれば、子育てにも生かせたかしら?柔軟性って結局、精神の若さなんでしょうね。肉体の若さはもう手遅れですが、精神の若さはまだこれからも気持のもちようッてことで頑張りたいものです。





人はそれぞれ違って素晴らしい/9月1日

 地味だけど、なかなかに感動的な映画「名もなきアフリカの地で」を見てきました。ドイツ映画、原作はシュテファニー・ツヴァイクの実体験、それを女性監督カロリーヌ・リンクが映画化したこの作品は、アカデミー最優秀外国語映画賞を受賞したという。

 ナチス支配下のドイツからケニアに脱出したユダヤ人家族、夫、妻と子どもがアフリカの地でそれぞれに問題を抱えながらも成長をする様をていねいに描いている。アフリカの広大な大地がまず圧倒的にすごい、そこでは人間は本当に小さな存在だが、自然の中で生きるアフリカの人々の屈託のない表情がまた良い。ドイツに残してきた家族、親族にナチスのユダヤ人迫害がひたひたと迫る不安はあるものの、この映画にはあからさまな悪人はいない(それが国外脱出と言う過酷な状況の辛さを緩和している)。夫、妻、子ども、それぞれにこのアフリカの地になじんで行く姿が印象的。

 ドイツでは内気な少女だったレジーナはアフリカで思いのほか自然に偏見なく溶け込んで行く。家族の料理人として働くアフリカ人・オウアとの友情が実にいい。ドイツでは弁護士だった父、ヴァルターはここでは役立たずの無力感に苛まれている。レジーナの母にして妻・イエッテルは最初、まったくこの地になじめない。ドイツの暮らしをただ懐かしみ、料理人アオウをはじめ現地人を見下している。それゆえに、夫とも波風のたつ日々。しかし、少しづつ、小さな出来事の積み重ねの中で、彼女はアフリカの地になじみ、やがてここを去りたくないとまで言うようになる。そして、娘に向かって、かつては侮蔑的に見ていた現地の人々のことを
「人はそれぞれ違って素晴らしい。違うことが大切。それをここで学んだ」と言うまでになるのです。決してきれいごとではない試行錯誤の日々があったからこそ、その発言がとても心を打つのだと思いました。

 戦争が終り、結局、去りがたいアフリカの地を家族は最後に出て行くことになるのですが、これほど魅力的にアフリカを描いた作品も数少ないのではないでしょうか。 現地でじっくりロケしただけのことはあったと、見終って余韻にひたっています。







クレージー・ドライブ/8月26日

 車の免許をとって8年、今も「え〜!この私が車を走らせている」とちょっと信じられない、不思議な気分です。なにしろ、「超」がつく運動神経の鈍さ、反射神経ゼロ、判断力なしというわけで、まさか免許をとることになるとは思ってもいませんでした。「とし」の運転する車の助手席に乗ってさえ恐いと思い、こんな恐ろしいこと、とうていできないと思っていましたから。でも、人生、何が起こるか分かりませんね。父を病院へ送り迎えする必要に迫られて、半年もかかってやっとのことで免許をとりました。それはもうたいへん、悪戦苦闘でしたが、免許をとったからといって、万事OKと言うわけではなく、以来相変わらずあたふたと運転する日々が続いています。

 高速道路なんてとんでもない、都心に向かう道路は即敬遠、最高速度は70km位まで、車線変更は苦手中の苦手、田舎道を他の車を気にすることなく、のんびり走ることを願っているのですが、田舎道も油断はなりません。けっこう猛スピードで後ろから接近する車もあって、あわてて道を譲ったり、右折のタイミングをもたもたして後続車に「なにやってんだ?」と睨まれたり・・・。もう日々大変です。で、なるべく知った道だけを走っていたいのですが、助手席の母はなるべく知らないところを探検するのが好みとあって、たまに御機嫌をとって知らない道を走るともう「ここはどこ?」ヒヤヒヤ、ハラハラとなってしまいます。先日も野田市の岩名と言う地名のあたりをうろうろ、右に曲がるべきか、左に行くべきか、迷いつつ、前の車について走っていたら、なんとか見知った道に出られてやれやれ!まあ、これからも事故にあわないようにだけ、気をつけてトロトロ走れたらと思っています。





ドジは忘れた頃にやってくる/8月9日

 昨日、突然ジーンズを洗おうと、思い立ち、洗濯機に投げ込みました。そして、あっという間に洗濯終了、しかし蓋をあける直前に「あれっ?!」・・・嫌な予感。みなさん、お分かりですか?
 案の定、蓋をあけると、洗濯機の中は真っ白・・・・。実はポケットにティシューを入れたまま、洗濯してしまいました。それもまだ使いはじめで、つまり残りの方が圧倒的に多い状態。だから、ジーンズはもちろん、その他の洗濯物にも細かい紙の破片が激しくまぶされてしまったのです。洗濯機に入れる前に、ポケット点検しろよ。ティシューももったいないし・・・。何度も失敗しているにもかかわらず、それでも年に1〜2回はやってしまいます。全然学習能力ないんだなぁ。結果、「洗濯したのが仇」「これできれいになったといえる?」状態。トホホ・・・・。

 次回はいつだろう?8月8日からどのくらいで忘れるのだろう?その期間が短くなって来たら、ボケ進行か?、さらに要注意、ということかもしれません????






恥じらいは大切/8月4日

 ひと頃ほどではないけれど、それでもいまだにかなり頻繁にTVニュースで北朝鮮の奇怪な国情など報道されている。北朝鮮のTV番組なども「驚くような反米ドラマ」「反日放送」などと紹介されたりもしている。たしかにかの国では硬直した、十年一日の反米、反日報道もあり、あきれたり、眉をひそめたりすることも少なくないが、しかし、である。日本のTVだって、あっちとこっちと適当につなぎ合わせて、外国の報道機関が面白おかしく紹介したら、「え〜っ、24時間ず〜っと、こんな面白くもない、馬鹿馬鹿しいバラエティとかみんな笑いながら見てるの???」「日本人ってこんな下らないCMを見てるんだ」ともなり得るのではないでしょうか?ニュース番組の体裁を取りながら、CM前に期待をあおり、CM後にまた一から繰り返してみたり、中には「やらせ」めいたものもあって、「何これ?」と日本人だって思っているのですから。

 つまり、「私たちもまあそう立派なもんじゃないですが・・・」という多少の含羞(変換できませんでした、もはや死語?)がその視点にあれば、表現も変わってこようし、受け止める側もまたさほど違和感もなくなるだろうに、と思わずにいられません。
 やっていることは決して立派な国とばかり言えない(政治のいいかげんさ、経済も破たん、社会もモラルをなくしている現実)にもかかわらず、居丈高で、自分達には非がないがごとくに相手を糾弾するのは「ちゃんちゃらおかしいや〜い」とついつい思ってしまうのです。(これはやはり相当偏向でしょうか?多分今の日本ではそうなるのでしょうね。)

 これからも日朝関係ではさまざまな波乱が予想されますが、とりあえず姜尚中(カン・サンジュン)教授の「日朝関係の克服ーーなぜ国交正常化交渉が必要なのか」(集英社新書)を読んで、日朝の歴史を踏まえて考え、発言してほしいものです。そんなにエラソ〜にはできないと思いますよ。







過ぎたるは及ばざるがごとし/03年8月1日

 「機械は苦手」「数字には弱い」「化学はチンプンカンプン」「運動はまるきしダメ」とあげて行くと、じゃあ「何が得意?」と聞かれて、たじろぐことになります。本当に得意なものないなぁ・・・とあらためて確認。さらに営業ダメ、人付き合い苦手、独創性なし、発想陳腐と、こうやって考えるたびに、何度も落ち込むだらしなさです。

 では好きなことは何か・・・と考えると、これがまあ、およそ何の役にもたたないものばかり・・・。たとえば、「居眠りする猫の姿を見ている時」「お天気が良く、予定もなく、ぼ〜っとしていられる時間」「今度の休日にどの映画を見ようかと考えている時」な〜んてどれもおはずかしい次第。以前は多少は反省もしたものですが、反省しても変わらないのがわかってしまって・・・最近は開き直り気味。しかし、いつまでも開き直ってもおられない状況せまりつつあるのでは・・・と思いはじめています。






恥ずかしい大人/03年7月

 殺伐としたニュースが立て続けにおこり、明らかに現代社会は「たが」を失っている。長崎の事件には、その衝撃度からも、とりわけ居たたまれない思いがした。未来を失った幼子とその両親の悲しみと怒り、絶望感を察することなど到底できようもないが、さらに、加害者の少年とその両親にもどうしようもない痛ましさを感じてしまう、なんともやりきれない事件だった。しかしその後、この事件をめぐって、あきれる言動が立て続けに伝えられ、つくづくこの事件の背景には大人たち=現代社会の愚かさ、卑しさがあるのではないかと思ってしまいました。
「市中引き回し云々」の大臣発言には、自らの立場をわきまえず、想像力も思いやりも欠如、知性も品性もない輩と憤りを禁じえないが、さらに「忘れ物をしたら、裸にして突き落とす」という教頭発言、インターネット上の写真を回覧した教諭と、「いったい何を考えているのか?」もうあきれてものも言えない状態。それぞれに指導的立場の人の思い上がり、勘違い、こんな大人ばかりではないはずだが、しかし最近目立つのは大人が大人でない、いえ、ひとりの人間として「よくまあ恥ずかしくもなくそんなことして・・・」「どう言う思考回路でそんなこと言うか?」といった事態が続出していること。これこそ深刻に考えなくてはいけないんではないかしら?(とりわけ政治家は同じ人間としてあきれるばかりだが)。「大人がこれでは、子どもがまともに育たないとしても無理もないなぁ。こんな状況下でまともに育ったら、子どもがえらい」とミーハーおばちゃんまでが思ってしまうほど。そのむかし、DON'T TRUST OVER 30'Sを合言葉とした世代が、いつの間にか30歳どころかその倍近くなって、このざまだとは・・・。
 それにしても、この大人たちの体たらくに、
「きみのみじめさは 内部に 大河をもっていないということに 尽きる」
という飯島耕一氏の詩(「川と河」)のフレーズがぐさりと突き刺さる。

(今、かっこいい大人って誰?即座に思いつかないなぁ。「かっこ悪いことがかっこいい」とさえなってない、なんとも情けない状況ではないでしょうか?それにしても私なりの「かっこいい大人」をあえてあげるとしたら、とりあえず思いつくのは小説「アラバマ物語」の弁護士で2人の子どものお父さん=アティカス・フィンチ、映画では先日なくなったグレゴリー・ペックが演じてアカデミー最優秀男優賞を手にした印象深い作品でしたっけ。)







自分の判断に自信を持ちたい/03年7月10日

 評判のよい本を読んでみて、「それほどいいとは思えない」時、あるいは駄作といわれた映画を「案外好き」と思った時、それを正直に言えるだろうか?「私の方が間違っているのでは?」「見る目がないのではないか?」あるいは「こんなことを言うと、眼力がないと思われるのではないか」、とついしり込みしてしまいそうになることはないでしょうか。でも、基本的に自分の判断を信じたい。良いとも思わないものを意に反して「良い」とは言わないでいたい。
 たとえば「朗読者」という本は、あまりに評判が良かったので、求めて読みました。しかし、半分も読まないうちから、なんだか違和感を持ち、主人公の行動や判断についていけなくなりました。結局最後まで「なぜ、彼は行動に移さないの?」「こいつ何考えてんだ(だんだん苛立って言葉も悪くなります)」とイライラして、読了。「泣ける」「感動的」と絶賛された皆さんとはまるで対立する判断となってしまいました。でもまあ、これは好みの問題で片付くのかもしれませんが。

 どんな作品も、作者の過去の実績や学歴や世間の評判だけで判断したくはない。たとえ数十億円の値がついたゴッホの「ひまわり」でも好きじゃないこともあるから、価格でも評価したくない。無名の画家の作品でも、「好きなものは好き」と言いたい。

 でも、けっこうこれが難しくて、判断を他者に求めたくなりがち。日本人はなんていうと、話が大げさになりますが、無名の新人の作品は評価しないきらいがあり、海外で賞など取ったとたんにありがたがるという。池田満寿夫さんがビエンナーレ展で賞をもらったとたん、手のひらを返したような扱いになったと書いておられた。自分の目で評価せず、他者の評価で左右されると言うのも素人ならともかく、美術評論家だったりしたら「どうかなぁ」と思ってしまうのです。
 とりあえず、他者の判断をまるで自分の判断のように取り込んで、したり顔で語ることは、避けたいと思っている。たとえ「判断が未熟だった」とあとで赤面するとしても、できるだけ正直に、自分の目で見、考えていきたいのです。そして、自分の判断を「ただなんとなく好き」ではなく、ちゃんと言葉で説明できるようになりたい。さらに、いつか自分の判断に自信を持てるようになりたいと、芝居を見ても、本を読んでも、絵を見ても、音楽を聴いてもつくづく思うわけです。







傾向と対策/03年7月1日

 最近ではどこの店にも防犯ビデオが設置されている。パソコンデスクを求めに行った折、ひとつの画面に"超オバサンちっく"な姿がちらと映っていた・・・。なんだか、どこかで見たことがあるような・・・?でも、まさか・・・。と、いうわけで、よく見ると、なんてこったい!Oh!! It's me!! それにしても、びっくり、仰天です。いくらなんでも20代とは言いませんが、30代、百歩譲っても40代前半くらいのつもりでいたのになぁ・・・。たしかに精神的にはほとんど成長していないから、精神年齢は40歳にも満たないでしょう。ということは、肉体年齢とどんどん、どんどん、乖離して行っているという、「ドリアン・グレイ状態?」。いえ、ドリアン・グレイは見た目が若いまま、鏡の中でだけ実年齢に変化して行くと言うことだから、それとも明らかにちがうのです・・・。(訂正:ドリアン・グレイで主人公に変わって老けて行くの肖像画でした。)

 かつて、子ども心にも祖母は見た目も中身も違わず、年相応に見えたように思います。知恵もあり、経験もあり、美しく落ち着いていました。それに引き換え、今の私、なんと言う違いでしょう。今後、見た目はどんどん老化の一途なのに、精神的にはあいかわらず、となれば、乖離状態は進むのみ。いやはや、この年になってみなければ分からないことってあるのですね。まもなく、「ちょっと、おばあさん」と呼び止められても、自分のことだと思わず、気づいた時には「何と失礼な!」と怒るようになるのかな?傾向と対策、ってなんでしょう?結局、気持優先でゆくのみ、かな?







老いる/03年6月12日

 我が家はすでに高齢化社会そのもの。人間もだが、2匹の犬に、1匹の猫が超高齢なのです。1匹目の犬、ダブルは17歳(子犬の時道ばたから拾った)。もう1匹、シンちゃんは年齢不詳ながら、ダブルと大差なさそうな高齢。迷ってきて、ダブルと気が合い、居座ってしまった。ダブルは慢性心不全で散歩に出かけようかというときに、時々バッタリと倒れてしまう。ぜいぜい咳も出る。しかし、そこは犬、1〜2分すると、よろよろと立ち上がり、とぼとぼと散歩に出かける。興奮、過激な運動は禁物と獣医さんは言うが、犬はそんなこと「知っちゃいない」。シンちゃんは白内障で目が見えないが、それでもダブルと一緒に散歩に行く。気を付けていないと、電信柱にぶつかり、溝に落ちる。人間なら、さぞ悩み、苦しみ、落ち込み、寝込んでしまいそうな2匹だが、どう折り合いを付けているのか、悩む風もなく、日々淡々と過ごしている。
 猫のミュウミュウも13歳、一見若く見えるが、年とともに爪研ぎが上手く出来なくなり、伸びすぎた爪は肉球に刺さってしまう。だから、こまめに爪を切ってやらなくてはならないのだが、嫌がるので、これまた獣医さんのお世話になる。いやはや、人間もだが、動物も年を取ると、何かと大変である。しかし、人間と違って、取り越し苦労をしないところはぜひ見習らいたいものである。

 「老い」といえば、先日見た「木の皿」という芝居は高齢者問題がテーマ。年をとり、眼もかすみ、手元も怪しくなって、陶磁器の食器を割ってしまうために、年寄りは木の皿に変えられてしまうというグリム童話に由来していて、「木の皿」とは老いを象徴している。老父をめぐる家族の葛藤、老父の思いが見る者に切実に迫ってくるシリアスな舞台だった。1950年代のテキサスに、次男夫婦と孫娘と暮らす老父・ロンはタバコとビールを愛する昔気質、アラモ砦の勇士を畏敬する頑固者で自らの老いを認めてはいない。そんな義父の世話を一手に引き受けざるを得ない嫁クララは、いつもカリカリしている。「私は自分の人生を楽しむことが出来ない」「もうこれ以上一人で面倒は見られない」「老人ホームに入ってもらいたい」「ついては父への説得と入所の経費を分担してほしい」とシカゴに住む長男を呼び寄せる。長男も次男も息子達はこの件に消極的。できれば手を汚したくない。そんな優柔不断ぶりに嫁はますます追いつめられ、「おじいちゃんが家を出ないなら、私が出ていきます」の最後通告にいたります。
これって、現代日本でもきわめて普遍的なテーマ。老人介護の大半を引き受けざるを得ない女性陣はこのクララに自分が重なって見えるはず。しかし、ぼけて花瓶を割り、ぼや騒ぎまで起こしたというおじいちゃんが老人ホームに行きたくない、ここで家族と暮らしたいと願う気持ちも、またよくわかる。さて、この芝居では結局、孫娘の優しい提案(自分がおじいちゃんの面倒を見る)を断り、自分の人生は自分で選択すると老人ホームへ出発してしまいます。そのいさぎよさは「楢山節考」のおりん婆さんの姿に重なるものがありました。頑固だけれど、かわいげのあるおじいちゃんを演じた湯浅実さんがとっても魅力的で、本当ならクララに肩入れしなくては行けないのに、思わず「まだこんなにしっかりしているおじいちゃん、家族が力を合わせて面倒みればいいでしょ」と思ってしまいました。さらに、誰にも訪れる「老い」ですが、このおじいちゃんのような最後の選択が私にもできるでしょうか?
 せめて、犬や猫を見習って、先のことはくよくよ悩まず、いまを充実して、楽しく生きることを目指したいと思うのです(これって単なる能天気!)。








音楽について/03年6月5日

 
 音楽のない暮らしは実に味気ないだろうと思う。しかし、音楽ファンなんておこがましく名乗れるほどのものではない。高尚な趣味はないので、クラシックはめったに聞かない。音楽ジャンルでかっこいい系のもうひとつがジャズだが、残念「わかりません。ジャズは」。

 さらにどんな音楽も身を入れて聞くというのではなく、なんとなく「かかっていてほしいかな?」というくらいのもの。きっとその昔、受験勉強をしながらラジオを聞いていた「ながら族」がしみこんでいるのだと思う。当時、DJの走りだった小島正雄が「それではサイモン&ガーファンクルで『サウンド・オブ・サイレンス』です。沈黙の響き、何と詩的なタイトル!」と語っているのを深夜ひとりで聞いていたのでした。それからビートルズが来ました。映画の「ヤァヤァヤァ」「ヘルプ」を何度も見てどっぷりつかっていた頃、ビートルズの印象は「チンピラ兄ちゃん」って感じでした。大人が眉をしかめるようなそんな彼らが、いつの間にか、鳴く子も黙る偉大なビートルズになったのですから、びっくりです。
 音楽の詳しいあれこれはまったく分からないので(打ち込みがど〜の、転調がど〜のといったこと)、単純に「好き」「嫌い」で判断するのみ。で、時に恥ずかしい曲まで「好き」になっていたりします(事例1:さだまさし「関白宣言」今となっては????ですが・・・)
 レコードの時代がいつの間にかCDになりました。無精者なので、CDをいちいち取り替えるのは面倒(何枚もセットできる機器はもっていない)、ですから1度セットすると当分、飽きるまで同じCDを繰り返し聞いています。2001年9月以後、全米テロに父の死もあって鬱々とした日々、ひたすらミスター・チルドレンのベストアルバムをかけていました。聞くともなく聞いていると「いつか笑える日が来る」という歌詞の部分が必ず耳に飛び込んできて、慰められたものです。

 「とし」は実は歌が上手いのです。どのくらい上手いかというと、「カラオケで歌うと回りが白けるほど・・」(つまり上手すぎてということです。念のため) だから、プロの歌手の歌にもとてもきびしい。ほとんどの歌手が「へた!」とか「なんだこれ」と却下されてしまう〔最近例では元ちとせ、森山直太郎なども)から、歌が上手いのもいいんだか悪いんだか・・・(たまたま聞いて「とし」が合格と判定したのはリチャード・マークスと小田和正くらいかも?)。一方、私は音痴中の音痴。だから、少々音程が怪しい歌い手でも、「こんな曲なのかも・・・」と平気で聴けてしまう幸せ者なのです。

 いろんな音楽が自然に耳に入ってきて、あるものは心に残り、多くは過ぎ去っていく。先日見た「謎の下宿人」という芝居は、昭和30年代の雰囲気を残す下宿屋を舞台にひと夏の出来事を描いた人情喜劇でしたが、そこで「77 Sunset Strip」という曲が突然流れてびっくり。じわ〜んと懐かしさがこみ上げてきました。1960年代の米TVドラマのテーマ曲。毎週楽しみに見ていた頃のことまで、この曲から一気に思い出したのですから、音楽は不思議です。
 村上春樹は音楽の好きな作家で、作品のなかで色々な音楽が効果的に使われています。ベストセラーになった「ノルウェーの森」はタイトルからしてビートルズの曲でしたし・・・(この小説は正直あまり好きじゃなかったのですが)。しかし、「世界の終わりとハードボイルド・アンダーグラウンド」では音楽が彼岸と此岸をつなぐ実にいい架け橋のようになっていて、「あ〜、このひとは本当に音楽を愛しているんだなぁ」と思ったものでした。
 その時々の気分で好きな曲、いいなと思う曲は微妙に変動するのですが、何度聞いても、いつ聞いても心から大好きと思えるのはサッチモことルイ・アームストロングのうたう「Whats a Wonderful World」です。これこそはしみじみ幸せ気分になれる私にとっての永遠の一曲かもしれません。












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