物好きな人にも迷惑な雑談3












 個人的な趣味の話などたわいのない話ばかり、いかなる時も
 何の役にもたたない雑談のあれこれ集。
ホントにおヒマな物好きな方だけおつき合いください。




葉を落とした木々が空に向かって自由に伸ばした枝ぶりは立派なアートだ。






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指輪の行方/6月4日

 J.R.R.トールキンの「指輪物語」が映画化され、3部作ともに大ヒット。とりわけ最終章の「ロード・オブ・ザ・リングー王の帰還」は2004年のアカデミー賞を独占して話題を集めました。原作好き、映画好きが共々に熱く熱く語る魅力いっぱいの作品のようですが、実は原作も読まず、映画もTV放映でようやく第1部を見、先日レンタルビデオで第2部「二つの塔」を見たばかりという私にとやかく語る資格はありません。しかし、ファンタジーものは苦手かも?果たして「はまれるか?」と危惧していたわりに、面白く見たのは事実です。と、言ってもたくさんの登場人物がまだ把握しきれていなかったりもするのですが・・・。

 ご存知の方にはいまさら説明の必要もないのですが、この作品の面白さは「指輪を捨てに行く」という着想にある。アーサー王が聖杯をさがし、インディ・ジョーンズが失われたアークを探すという宝物?探しはよくあるパターンですが、手にしている邪悪な強い力を秘めた指輪を捨てに行くというのは逆転の発想です。問題の指輪を捨てにいく使命を帯びる主人公がきわめて温厚な暮らしをするホビット族の少年・フロドであり、その仲間達との友情、敵との戦いとさすらいの長い長い物語となっているわけです(余りに端折りすぎる説明でLOTRフリークに怒られそうですが)。

 さて、この物語では指輪はフロドの手によって滅びの山に返されたわけですが、イラク戦争反対パレードのとあるプラカードに「フロドはしくじったぞ!ブッシュが指輪を手に入れた!」とあったとか。イラク戦争を引き起こし、世界を混乱に陥れ、さらに戦争が泥沼化する状況をもたらした張本人・ブッシュと邪悪な力をもつ指輪の物語を重ね合わせるとは・・・「おぬし、やるなぁ!座布団3枚」と思ってしまいました。あまたの敵をくぐりぬけ、苦難をこえていくフロドの旅を私たちもいまリアルに体験しているんだなぁと考えると、困難な時代を生き抜かなくてはとの思いもあらたに生まれ、それにしても、ブッシュの手から指輪を奪い、捨て去ることのできる現代版フロドはいずこに?と思わざるを得ません。







首都圏在住のメリット/5月26日

 長年、首都圏に住むメリットを感じることはほとんどありませんでした。確かに仕事の多様さにしろ、日常の生活の便利さにしろ、メリットは多いのだろうが、同時に混雑をきわめて目まぐるしく、あわただしくなんとも落ち着かない気がしていた。しかし、芝居を見るようになって、あらためて東京を中心に毎月数多くの芝居が上演されていて、いわば選り取り見取りの状態だとに気付いた(もちろん、チケットがとれたらですが)。地方に住んでいてはこの状態は望めない。どうしてもとなったら、交通費に場合によっては宿泊費もかけて、東京まで出てこなくてはならない。地方公演はごく限れらてしまうから、多くの芝居好きが費用と時間をかけて上京していることを知り、あらためてビックリした。い〜やぁ、芝居を好きになるのも覚悟がいりますね(なによりも資金、時間、体力が必要とはいやはや、私が地方に住んでいたらとうてい無理)。これって、同じく国に住みながら、地域格差を如実に示しているひとつの事例です。これ以上にさまざまな地域格差、不平等、不公平あるのでしょうね。そして、その恩恵に浴しているものは当然として気付かず、不平等の立場にあれば致し方ないとあきらめるしかないのが現実なのだろうか。

 加藤健一さんは年に3本の芝居を公演し、その他にはTVも映画も出ない希有な役者です。毎回、自ら演目とする本を探し出し、プロデュース、出演、時に演出も手掛けるスーパーマンです。彼は、またその芝居を持って全国を回るのですが、これはもう採算度外視といっていいのではないでしょうか?役者の移動のみならず、装置やそのためのスタッフすべて伴って地方を回るのは、どう考えても芝居を楽しみに待っている方々のためであって、儲かるとは思えません。舞台の大きさもそれぞれに異なるところで、どう装置を調整して組み立てていくのか、想像さえ出来ません。質の高い芝居をより多くの方に見てもらいたいと言う情熱はそれだけで、もう表彰状ものです。昨年は読売演劇大賞選考委員特別賞や朝日舞台芸術賞を受賞したのも当然ですね。とはいえ、実はこの8月の公演、まだこれからのチケット販売なのですが、すでに二つ見に行く芝居が決まっていて、さらにもうひとつ見たいものがあるゆえ、私的には(時間と資金両面から)「加藤さんの芝居危うし?」と言う状況。これはまさに首都圏在住者の贅沢な悩み、その極みといえそうです。







  素朴な疑問/5月17日

 まったく縁のないことながら、毎年、春や秋ににぎにぎしく発表される叙勲に褒章とやら。いろいろ種類もあるらしく、チンプンカンプンながらこんなに大盤振る舞いして、対象者がいなくならないのか・・・、と思うが、その心配はないらしい。そして、また、どなたもうれしそうに「喜びの声」など記者会見するのを見ると、「そんなにうれしいものなのか?へ〜ぇ!」と思うばかり。紫綬褒章だとか、そういったものには年金でもついてくるのでしょうか?文化勲章受賞者に年金が与えられることは存じておりますが、その他、勲何等とかもそういうご褒美があるのかしら?でも、新聞記事になるような有名人の方々はとくに少々の年金など必要としないでしょう?でも「いりません」という方にはお目にかからないけれど、あれは、内定の案内などあって、そこで「いただきます」という方だけ発表するのでしょうか?日頃の言動から「いらない」と言うかと思う方が、けっこううれしそうにしていると、少なからず違和感を感じてしまいます。

 「自分の長年の仕事が認められた喜び・・・・」とよく言われるようですが、そうかなぁ?作家なら読者に、役者なら観客に、それぞれの仕事にかかわる方々に認められるほうが良いんじゃないかなぁ。役人が順番で今度はこの人か?と選んだに過ぎないのに、国に、というか役人に選ばれるほうがうれしいのだろうか? (勲章・褒章に関するHPをのぞいたら、春秋それぞれに対象になる方の大半は、地道に仕事などで社会的貢献をされた方々だそうですが、だったら順位などつける必要もないだろうし、ナンバーワンランクの勲章が政治家に与えられるってのも、納得いきませんが・・・・)

 ともかく、そんなニュースのたびに、勲章を断ったという夏目漱石はえらかったなぁ・・・とついつい思ってしまうのです。「勲章なら近所の豆腐屋の親父にやってくれ。毎朝、早くからおいしい豆腐を作るのに精を出しているから」と・・・・。

 現存の方で勲章も何もかも公的な名誉とされるものを断っているのは、彫刻家の佐藤忠良氏だそうです。東京都など名誉都民にしたくてならないのに、何度頼んでも断られていると東京新聞で読んだことがあり、なんとも「痛快」だと思いましたが、きわめて珍しい事例のようです。

 まあ、一種のリトマス紙のようなもので、それぞれの著明人の人物判断の参考にさせてもらってますが、それにしても勲章なんて必要なんだろうか?とは毎度、思います。







目からウロコ/4月25日

 いやぁ、いくつになっても、「目からウロコ」ってこと、あるのですね。久々に新鮮な驚きを感じました。勿体ぶらずに種明かしをすると、たまたま読んでいた雑誌(「ダカーポ」のTETSUYAの自分相談)の中にあったのですが、「日本の学校では、たとえば4+8=□という算数の問題を出す。でもフランスあたりでは、□+□=12という問題になる」 つまり、日本では答えがひとつ、でも、フランスでは答えは幾通りもある。このやり方をつみかさねていけば、日本の子どもははつねに正解はひとつだ思い込むし、一人だけ違っていたらそれは間違いだとなりそうだ。一方、フランスの子どもにとっては、答えはひとつじゃないし、友だちとちがっていても別に間違いじゃないとなるだろう。この違いは大きい。

 人と違っていることを恐れ、一列横並び、猫も杓子もブランド品を買い求めたり、個人として行動も発言もできない、その根っこはこんなところにも隠されているのかもしれない、と思い知った気がします。皆と同じだと安心する気分は、もちろん私にもあるけれど、残念ながら同じであることができない(能力やら財力やらがひどく劣っているから)、諸々の事情が開き直りを導き出してくれたのかも知れません。

 でも、答えがひとつではない、それぞれに考えれば良い、と学校で気づかせてくれたら、人生、生きやすかっただろうし、もっと、個性と独創性が育まれる気がするのですが、どうでしょう?これからでも、もちろん遅くはないけれど、政府はてんでに主張する国民なんて欲してはいないでしょうね。







人間って何だろう?/4月15日

 最近「人間ってなんだろう?」とつくづく思う。時に崇高な行ないをする一方で、信じがたいおぞましい行動もある。もちろん、それぞれの行為は異なる人による場合が多いが、なかには一人の人間の中に矛盾した性格があったりもする。本当に「人間ってなんだろう?」

 イラクの人質家族への嫌がらせが横行していると言う。苦しんでいる人に対して、心無い行為を行なう人の心がおぞましい。匿名で嫌がらせをする卑劣さを自ら恥じることはないのだろうか?事件が長引き、絶望感さえ日々募る家族に、ひどい言葉を投げかける無神経さには怒りを覚える。つらい思いの家族にさらに発言の一言一言にまで気を使わせるのはあまりに酷ではないか。それにしても、やさしさ、思い遣り、寛容な心、それらをなくしてしまった要因はなんだろう?権力に迎合するだけの生き方しかない世の中なんてまっぴらだが、最近の状況をみるにつけ、つまりは閉塞した社会ということなのかもしれないと思う。なんだか、この国の国民の一人であることが嫌になりそうだ。

 人間は失敗から何も学ばないのだろうか?日本は悲惨な過去の戦争体験によって、2度と戦争をしないと身にしみたのではなかったのか?その不戦の誓いをあっけなく破って、アメリカに追従してイラクへ派兵してしまった。

 アメリカも、ベトナム戦争で自国からはるか離れた他国への侵略が決して思い通りには行かないと思い知ったのではないのか?それなのに、同じことを、いやそれ以上にひどい状況をわざわざイラクでやっている。反省し、歴史に学ぶと言うとこは本当に難しいことなんですね。(これじゃ、個人が同じ失敗を繰り返すのは当たり前だ)

 こういう愚かな人間の行動を見るとき、なぜかドストエフスキーの小説が思い出されるのです。ずいぶん昔に読んだので、うろ覚えですが、人間の愚かしさ、残酷さ、醜さ、そういったおぞましさの一方で、救いを求め、あがき、懸命に生きようとする姿も合わせ鏡にように描かれていた非常に奥の深い作品だったなぁ、と今さらながらに思うのです。時間を見つけて、もう一度、「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」、「悪霊」に「白痴」など読んで、「人間って何だろう」という疑問に対する解答を探したくなりました。







自然通信は読者に支えられています/3月26日

 自然通信を創刊したのが90年11月。というわけで、いつの間にか14年目に突入し、代わり映えしないが細々と続けている。きっかけは「とし」の提案であった。一応、身近な自然への関心を高めたいことと、各地で活動する小さな自然保護グループをつなぎあわせる場となることを目指したらしい。「らしい」、というのも無責任だが、当方はとりあえず会報を発行するという作業が好きだったので、ほいほいと提案にのってみた。

 もくろみに活動交流の場にはなかなか到達し得ないが、創刊時50部をコピーしていた頃から、10倍以上に部数を増やした。読者の中にはすでに10年以上のお付き合いとなっている方も多い。しかし、いつ、どういうきっかけで読者となっていただいたのやら、あらかた記憶をなくしてしまっている。大げさに言えば全国規模で読者が点在するので、大半はお目にかかったことのない方。一方的に独断と偏見交じりの情報を発信しつづける『物好き』にお付き合いくださる『物好きな方々』(失礼!)には、心から感謝している次第です。
 中には、筆まめにお手紙をいただいたり、新聞の切抜きをお送りくださる方もある。通信を影で支えてくださっているわけで、さらに感謝です。

 日常に存在しなくても何の不便もないちっぽけな通信ですから、更新時の振込用紙を同封するときはけっこうドキドキものです。それだけに、更新をいただけると、ほんとにうれしい。つまりは、承認をいただいたというか、「続けなさい」と励まされた気分になる(錯覚?)から。結局、細々続いてきたのも、読者の皆さんの後押しがあればこそです。というわけで、これからもよろしく。購読ご希望の方はぜひご連絡をお願いします。これって宣伝?のお粗末。





タフでやさしくなくちゃね/3月20日

 世の中をただぼんやりと眺めるだけでも、つくづく精神的に「タフでなくては生きていけない」(byフィリップ.マーロー)時代だなぁと思う。何を今さらではありますが・・・。単純に時代と共に、人間は進歩し、暮らしやすい世の中になるだろうと漠然と思っていた能天気だからこそ、そうは問屋が卸さないらしいことにあぜんとする訳だ。最初からのんきなことを考えていなければ、なんと言うこともないのかも知れないのですがね。

 それにしても、確かに、日常生活は便利になり、かつてのように家事に時間と労力と技術を必要とはしなくなった。それで、人々は幸せになったかというと、さて、どうでしょう?ストレートに幸せ、といえないような状況がかなり目につく現在。「衣食足って礼節を知る」には程遠い虐待や残忍な殺人、詐欺がたえず新聞紙上をにぎわしている。とくに、自分より明らかに弱いものに対して配慮するどころか食いものにし、無抵抗なものに暴力を加えて平然としているとは・・・、まるで神経が麻痺したかのような人間が(言うならば、下等な人間どもが)残念ながらやけに増加しているみたいだ。

 昔から人間については「性善説」と「性悪説」があるようだが、どうも最近の気配では、やはり「性悪説」なのかなぁ・・・と思わざるを得ない事態を連日のように見聞きする。相対的に豊かな社会となったものの、人類が「豊さ」になれていないために、まだうまく適応できていないのだと言う説があるが、実際はどうなのだろうか?確かについ最近まで、今日明日の暮らししか考えられない日々を過ごしていた(今も多くの国ではその状態のはず)。しかし、思いがけず(がむしゃらに働いた高度経済成長の結果?)我が国においても多少のゆとりができ、今日明日に飢える心配もなしに過ごせるようになった。その途端に、ひとはそんな状態に上手く対応できず、生きる目的を喪失し、煩悩に悩み、人間性を逸脱をするようになったのだろうか?あながち、その説を否定できない状況を突きつけられているようだ。残念でならない。

 陰惨な事件の数々に心底うろたえないためには、「タフでなくては」ならないだろうが、しかし、ひとがひとであるためには「やさしくなくては生きている資格がない」と肝に銘じたい時代である。







カエルの恩返し/3月8日

 冬の寒い日々にせっせと野田市江川・三ヶ尾地区に通い、荒れた休耕田のヨシ、マコモを刈り取って、カエル池をつくり、さらに池に至る畔の枯草も刈り取る作業に汗を流した「とし」の願いが通じて、2月末にはたくさんの産卵が行われ、その数は昨年同期を越えたという。千葉県レッドデータで最重要保護生物になっているニホンアカガエルですが、2001年の1600個には届かないものの、1000個を切った昨年よりも400個以上多く、はっきりと上昇カーブを描いたのです。カエル池を作らなければ、さらに産卵数は下降していたに違いないから、その差は大きい。結局、「とし」の努力にカエル君たちがちゃんと答えてくれたわけで、金貨よりも小判よりも「とし」にとってはこれが何よりのプレゼント。「とし」と「カエル」君たちの間にはちゃんと意思疎通ができていたみたいです。







変化に追いつけない/2月16日

 とりわけ最近、社会の変化があまりに急激でついていけない状態が進行中だが、これは単に私的文句ですまない状況ではないでしょうか?緩やかな変化であれば、それなりの対応も可能だが、昨今のようにあれよあれよと激流に流されるようでは個人としては手の打ちようもないではないか。

 たとえば、かつては活字をひとつひとつ拾っていた職人さんの技術はたいしたものでした。それが写植にかわり、でもまだ職人技は多少なりとも健在だったけれど、その写植も過去となってしまった気配。いまではパソコンによるDTP全盛。わずか三十年ほどの間に、その変化のスピードは加速する一方。日本橋に仕事場のあったとき、となりに腕のいい写植屋さんがいてお世話になりました。私たちが矢切に引っ越す頃にはそろそろ変化の兆しも出ていて、息子さんとコンピュータ仕様へ切り替えようとしていたけれど・・・。

 写真もかつては撮影したら、フィルムの現像、紙焼きを現像所に出したものでした。「とし」はそのむかし、モノクロ写真は自ら現像、紙焼きをやっていて、まさに手作業そのものでしたが、いつの間にか、モノクロ写真はなくなり、カラー写真は現像所まかせ、いまやデジタルカメラで、現像所さえ淘汰されそうな気配も。

 雪崩を打つように変わっていく社会の前に呆然とたたずむのは、結局、弱者ではないでしょうか。個人商店がどんどん店をたたみ、かつては賑わった商店街もシャッター通りとなる現状。その一方で、郊外の大型駐車場を持つ巨大店が賑わい、どこの街にも同じチェーン店が進出。魚屋さん、八百屋さん、雑貨屋さんを一軒一軒まわって、世間話などしながら買い物する習慣は消えた。大型スーパー一店で何もかもまとめ買いできる方が効率的ではるかに便利と、つい流れに流されてしまう。心情的には個人商店の店主さんに同情しながらも、やはり足はスーパーやコンビニに向かってしまう。大資本が市場を占有する結果となるのは、決して好ましいことではないが、その流れを個人が阻止するのは並み大抵の事ではない。

 さらに、最近ではネットで買い物できるようになり、もう便利もここに極まった。居ながらにして商品を選ぶとあとは自宅まで届けてもらえる。人間、限りなく便利になると、この先どうなるのだろう?と心配になる。しかし、最初は少々抵抗していても、結局周回遅れでどたばたとついていく傾向がある私。いいのだろうか?、いましばし抵抗をすべきかなどと、いまさらながらに迷っています。









昔話は正しい?/04年2月4日

 たとえば、「舌きりすずめ」ではやさしいおじいさんと意地悪で欲張りなおばあさんが出てきて、その行動は対照的でした。欲深く選んだ大きなつづらからは当然、おばあさんが期待した宝は出てきませんでした。もちろん、昔話にはいろいろなパターンがあって、「花咲じいさん」では、やさしいおじいさんに対し、隣家の夫婦が最悪でした。「桃太郎」や「かぐや姫」ではおじいさんもおばあさんもいい人でしたっけ。  というわけで、一概には言えないわけですが、なんとなく、かつて家族で「日本昔話」を見ていた頃、どちらかというと「おじいさん=いい人」「おばあさん=意地悪・欲深」というイメージがあるような気がして、実は少々心外だったのです。

 この冬、「とし」が利根運河に隣接する野田市三ヶ尾でせっせとカエル池づくりをはじめました。ここは区画整理事業計画があったために、その大半が放置田となり、ヨシが繁って、絶滅が危惧されるニホンアカガエルの産卵を阻む状況となっています。早春に水田など浅い水の溜まったところに産卵するアカガエルは2001年に比べ2003年の卵塊調査(「とし」調査)では、減少傾向がはっきりしています。というわけで、千葉県のレッドデータリストで絶滅危惧種にされているアカガエルがすこしでも産卵しやすいようにと、繁るヨシを刈り取り、開放水面を放置田の中に作っているのです。寒い中の肉体労働はもう大変の一言。汗をかいて、冷えて風邪までひいてしまったり、それでも「全てはカエルのため」なんだそうです。さらに、カエル池にたどりつくまでの小道づくりもはじめた。「毒食らわば皿まで」というと意味が違うかな? ともかくやるからにはとことん・・・ということになったようです。日頃から農作業さえ行われていれば、ヨシが繁茂することもなく、カエルの産卵も支障なく行えるのだが・・・。

 その作業の話を聞いて、思わず「畦に金貨の一枚も落ちてないかな?」「お世話になりました」とカエルの恩返し?と思ってしまった私は、おやおや・・・、やはり欲深ばあさんそのものだわ。








学歴をぶっとばせ!

 このところ福岡二区選出の衆議院議員・古賀潤一郎氏の学歴詐称問題でマスコミは大騒ぎだ。あまりの騒ぎにこの時期にもっと考えるべきことはあるだろう?と言いたくなるほどである。「学歴詐称」であれば、確かに公選法にふれるだろうが、迂闊にしろ、故意にしろ、本人のおバカさんぶりは感じるが、これほど大騒ぎするほどのことなのか?イラク派兵や食の安全性など、もっと重大な問題があるんじゃないか?と思ってしまうのです。結局、学歴って今もやはり大騒ぎするほど価値のあるものなのかい?   「嘘をついてはいけない」というのはもっとものようで、実は政治家に「嘘」はいけないとなれば、国会議員は全員100万光年の彼方に飛ばされるでしょう。選挙公約で立派なことをいっていても、選挙が終れば「ハイ、それまで」、いえそれどころか、NOがYESに変わっていることも多々ある。そんな連中がよく言うよ。さらに、辻本さんの秘書給与問題でも思ったのですが、ピンポイント攻撃でなく、全員の調査を徹底すべきだと・・・。まあ、古賀議員に特に思い入れはないんですが、でも、あんまりいつもながらの大騒ぎととりあえずひとり血祭りに挙げてお終いというやり方、いいのか?と思ってしまったのです。今後、経歴に学歴など入れなければ問題ないんですよ。市川市の職員募集で、学歴、年齢いっさい不問にして、話題を提供したけれど、これからはそういう時代ではないのでしょうか?

 60年代後半、「大学解体」と叫んだ世代には、30年以上を経てもちっとも変わらぬ「学歴社会」がバカバカしくてならない。人生のごく幼い頃のわずか十数年の学校生活が何ほどのもんか?と思ってしまうものですから。学校を出てからのその先をどう生きるかが、問題ではないのでしょうか?確かに難しい試験を通らなくてはならない学校もあるでしょうが(だから私はそういうところと無縁ではありますが)、でもそれだけで、残りの人生全部左右されたら、ちょっとどうかと思う。「学歴社会からの脱却」といいながら、その一方でこれほど学歴にこだわるのは矛盾ではないか、と日頃から東大合格発表などのニュースなどでもつい不思議に思ってしまうものですから。

 その反対で、最近、思わず快哉をあげたくなったのが、15年度の毎日出版文化賞を得た「磁力と重力の発見」の著者・山本義隆さん。この本は私には大の苦手の物理に関しての全3冊の大部なもの(みすず書房)で、はなから読むのは遠慮申し上げてます。しかし、予備校の物理の教師をつとめながら書き上げた著者は、あの東大闘争で全共闘議長だった山本さんなのです。大学闘争後、一介の予備教師をしながらラテン語の教室に通い、神田の古本屋街で資料を渉猟してこの本を書き上げたと読売新聞の「本 よみうり堂」にあった。外国に行くこともなく、インターネットも使わずにそれでも立派に仕事はできるのだということのようです。つまらぬ権力や名声などに惑わされることなく、あの学生運動以後の長い道のりを毅然として生きたひとがいることが、なんだかとてもうれしかったのでした。







1.17メモリアル

 今年も1月17日、阪神・淡路大震災の記念の日が過ぎてゆきました。この日は毎年、大げさでなく「運命」と言う事を考えさせられます。

 93年6月、父が思いがけず脳硬塞で倒れ、左半身附随となり、とても母ひとりでの介護を長く続けられない状況となりました。介護のためにこちらから出かけて行くことも、いつまでも続けられる事ではないし、結局、94年11月23日に父と母が市川に引っ越し、二世帯同居を開始しました。新居で初めて合同の正月を祝って2週間ばかりの朝でした。5時50分頃つけたTVニュースで神戸に地震のあった事を知りましたが、その瞬間はまさかあれほど大地震とは思いもしなかった。なにしろ、二十数年暮らした間に地震はほんの数回、しかもどれもごく小さいもので、日頃から「地震とは無縁の地」と思っていたのでした(母が言いうには70年の記憶でも地震は数えるばかりだったとか)。

 しかし、時間と共に徐々にとんでもないほど巨大な地震だったと分かり、その被害にはゾッとしました。あと2ヶ月、両親の引っ越しが遅れていたら、おそらく築40年ばかりの甲子園のボロ屋の梁が折れたとのことですから、どうなっていたことか・・・。万一、助かったとしても、その後のガス、水道、電気のない日々、交通手段もない中で、体の不自由な父をかかえて母がどうやって過ごす事ができるのか、想像さえ出来ないほどです。交通手段が復旧するまで、私はリュックに水や食料を詰めこんで、大阪から歩いて届けなければならなかったかも知れなかった(クラスメイトにはそうやって凌いだ方もいたと後で聞きました)。そうなっていたら、と思うと、間一髪でこの不運を免れえた幸運を喜ぶ以前になぜ助かったのか?明暗の分かれ目はなにだったのか?と思わざるを得ませんでした。「悪運が強い」とか、「恐いばかりの運の強さ」としか言い様がないけれど、日頃の不信心者もこの時ばかりは「神の配剤」と思ったのです。そして、のうのうと生き延びた事から、この震災で命を落とされた方や、家を失って困窮された方々に対していまもなお申し訳なく思ってしまうのです。

 それにしても、今後いつ起こってもおかしくないという関東、東海地震に関しても、すべては自らの意志ではどうしようもない運命の不思議にあやつられているのではないかと(運命論者ではないはずだったけれど)、毎年、1月17日にあらためて思うのです。







 目覚めると雪がつもっていた/03年12月27日





物欲復活

 若い頃はともかく、40歳を過ぎた頃からめっきり何としてもほしいものが見当たらなくなった。ファッションに対する関心さえスッカリさめてしまったのは、自らの姿を鏡に映してみたくなくなったからかもしれない。まあ、その方が家計の面ではよいけれど、生活に張りがない、刺激がない、なんとなくつまらなさも感じられた(諦観と言えば聞こえはよいが、「人生終わったぜ」みたいでもあって・・・)。ところがである。最近、再び「あれがほしい」「これがほしい」状態となってきた。これはまったく思いもよらない展開でした。

 ことの始まりは、自分専用のデジカメがほしくなり、これは旧タイプが安値になっていたので、なんとかゲット。しかし、自宅のノートパソコンにはフロッピーディスクしかつけていないので、撮影済みの写真の保存にMOドライブがほしくなっている。そもそも自宅で使用中のノートパソコン購入時にあと数万円プラスすればCD書き込み機能がついていたのに、ケチってしまったことを今ごろになって後悔しているんです(先をまったく見通してませんでした)。

 仕事場のパソコンにつないだMOドライブは230MBとこれまた古いので、これも買い換えたい。スキャナーもほしい。結局、すべてPC関連商品なんです、ほしいものは。大して使いこなしてもいないのに、作業の折に何かと不便を感じるから不思議です。さらに、そんな物欲復活につられて、HDD内臓DVDレコーダーまでほしくなっています。この分野がどんどん進化をとげると、無関係で過ごしたはずのものまで、いつの間にか「巻き込まれてしまうんだなぁ」。でも、結局は財布と相談すると、実現は程遠いかと思われます、残念。








日仏、文化的違いが透けて見える

 葛飾区郷土と天文の博物館主催「江戸川野遊び道場」年最後の観察会は、葛西臨海公園でした。そこへ行くために乗った東京駅行きの武蔵野線は西船橋から京葉線に入り、東京ディズニーランドのある舞浜を通ります。お天気の良い土曜日ということで、なんとほとんどの乗客がここでおりてしまいました。もちろん、車で来る人も多く、すでに駐車場もかなり満杯状態であることが電車の窓からも見て取れました。景気が決して良くないから、来場者が伸びない、減っているなどとも言われているようですが、それでもレジャー施設の中では圧倒的な人気を誇っているだけのことはあります(それなのに、まだ一度も足を踏み入れたことがないとは・・・・)。

 ところが、同じディズニーランドもフランスでは苦戦していると最近、東京新聞でも取り上げていました。赤字、倒産の危機とのことで、東京ディズニーランドとは対照的なようです。インタビューに答えるフランス人によると「1度は行っても2度とは行かない。アメリカのポップカルチャーのコピーだから」「フランスには歴史的文化遺産がたくさんある。それらを見る方がはるかに意義深い」などなど。確かにルーブルだけでも、そこには世界的な文化財がもう何日もかかるほどありますね。さらにベルサイユ宮殿やら、シャルトルの大聖堂、モンサンミッシェル、ロアールのお城、あれもこれも、数え上げればキリがないでしょう。なにも世界的に有名な文化財でなくとも、小さな村の古びた家並みにさえも風情があるのですから・・・・。

 日本だって、考えようによれば、フランス人と同じような発言は不可能ではなかった?もっと歴史的遺産を大切にしていれば・・・。でも、これも国民性の違いなのでしょう。政治のみならず文化面でも敗戦後、とみにアメリカ追随となりました。そして、大挙してアメリカのポップカルチャーのコピーに殺到する。

 それにしても、アメリカの対イラク戦争への対応の違いとなにやらシンクロするような気がする日本とフランスの国民性の違いを痛感するなぁ・・・。








いまだ気分は鎖国状態?

 報道の姿勢を見ていると、つくづく視線が内向きだなぁ・・・と思う。外国で何かの事件なり、事故があったとき、日本人が被害を受けるか否かで極端に報道量が違うことは毎度経験している。それだけではない、ここ数年、メジャーリーグで日本人が活躍するようになって、大リーグ情報が格段に増えた。格別野球ファンでなくても、普通にニュースを見ているだけで、「今日の松井」「今日のイチロー」について詳しくなってしまう。しかし、メジャーリーグ全体のことはさっぱり分からない。今シーズン、ヤンキースが首位にいたらしいことはわかっても、では2位、3位はどこのチームか、わからなかったりする。メジャーリーグに強い興味があれば、もちろん知っていることだろうが、ごく一般的な日本人にとって、やはり近いようで遠いメジャーリーグに変わりはなかった。

 さらに、ふと気づいて、あきれて失笑してしまったけれど、もうノーベル賞の受賞式の時期なんですよ。昨年は田中さんと小柴教授のおかげで本当に大騒ぎでした。日本人マスコミが大挙してスウェーデンに押しかけ、授賞式の様子や晩餐会のメニューまでうるさいほど報道したけれど、今年は正直、どなたが受賞されたのかさえ、新聞を丹念にチェックしなければ分からないほど。あまりの落差に、恥ずかしくなるほどです。
 国際感覚がないってことなのか、自己中心的な国民性なのか、結局は同じことなのでしょうが、なんだかなぁ・・・と思ってしまいます。

 国際的評価を求めて、自衛隊を派遣するよりも、まず鎖国気分をどうにかしたほうがよさそうです。出て行くだけが国際貢献でもないわけで、たとえば、難民をもっと受け入れるとか、滞在許可を出すとか、アジア、アフリカからの留学生をもっと暖かく受け入れるとか、やるべきことはいっぱいある。日本に来て見て「いい国だなぁ」と思ってもらえたら、未来に続く友好関係を多くの国と結ぶことができるじゃないですか?
 日本の自然も文化も好きだけど、日本という国は好きじゃない、誇れないというアンビバレンツを感じるって、国民として不幸なことです。





上手ければ良いと言うものではない/11月19日

 ちょっと考えると、なんであれ「上手いに越した事はない」と思えるが、これがなかなかそう単純に行かないところが面白い。たとえば、絵画、素晴らしく写実的なテクニックに優れた作品を前に、確かにその技術力には感心しても、さっぱり感動しないことがある。反対に、稚拙な表現力なのに、作り手の思いがひしひしと伝わって来る事もある。プリミティブ・アートとジャンル分けされる作品の中には、素朴な、でも強く訴えるその迫力に圧倒される事がある。これは、文学でも、音楽でも、芝居でも経験する事。音程にひとつの狂いもなく、ハーモニーも完璧、でもどこか面白みにかけるために、残念ながらヒットしないという事もある。だからこそ、完成されたとは言えない、でも長く心に残る小説や歌に出会うとうれしい。きれいごとの、さも上手いだろうと言った演技が嘘っぽく思える事も。うわすべりな上手さよりも、むしろ心に残る下手さを、といいたくなるが、これが単なる下手では、問題外であるところが、なかなかに難しい。感動をひきおこす下手さ、って思いたくなるが、これはむしろ、単なる上手さよりも数倍難しいのかも知れない。これこそは、下手なものはさらに上手くと努力につとめ、上手いものも決して安穏としてはいられらない、と気をつけるようにと言う神様の計らいかも知れない。これは、まあ、たんなる傍観者が日頃から不思議に思っている事のひとつでした。

 ところで、秋の夕空に微妙に変化して行く夕焼けくらいす素晴らしいアート作品はめったに出会えるものではありません。淡いバラ色から刻々と色を深め、変化しつつ空いっぱいに広がる様は、たとえ毎日見られたとしても決して同じではなく、細部にまで神経の行き渡った演出に、「神様、天才、これこそ究極のアート」と立ち止まった事が何度あったことでしょう。

 とにもかくにも、どんな芸術作品も観客なしに成立しないのなら単なる観客に過ぎないけれど、これからも良い作品、良いアーティストには思いっきり拍手をしたいと思っています。