物好きな人にも迷惑な雑談












 個人的な趣味の話などたわいのない話ばかり、いかなる時も
 何の役にもたたない雑談のあれこれ集。
ホントにおヒマな物好きな方だけおつき合いください。



春の気配が感じられる公園の静かな昼時、穏やかな時間は願ったもののすべてかもしれない






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年を感じる時/03年5月29日

 かつて、はるか昔、ミーハーの私は、「流行に乗り遅れては一大事」とばかりに、「ミニスカートだ」「パンタロンだ」といち早く取り入れることに夢中でした。それがいつの頃からか、時代のスピードについていけなくなり、気づくと「それってどこがいいの?」と思うに至ってしまっています。
 つくづく「年を感じる」のはこんな時、あんな時、どんな時?思いつきで順不同ですが・・・

1. 絵文字、顔文字が使えない。(^_^)って、やはり無理して使ってもどこか変じゃない?第一、使うべき場所もよく分からないし、制作(?)も考え考え、時間かかるから、とうてい使いこなせません。実はこれ、ちょっと残念だったりして・・・。

2. ヒップホップ、ラップといった音楽、およびファッションのどこがよいのか?これまた、さっぱり分かりません。一過性かと思っていたら、すっかり定着しているようですが、あの奇妙な振り?共々、共感できないとは、やはり年ですかね。

3. ゲームだめ、CG駆使した映画もさっぱりだめ。目下話題の「マトリックス・リローデッド」も、興味なし。キアヌ・リーブスが「スピード」以後、生き残れたのは目出たい限りではありますが・・・。

4. 「ぶっちゃけ」「まじ」「ため」「作らさせて」といった言葉に拒否反応。すっかりはびこって、もはや駆除もおぼつかないようですが、でも何度聞いても、これは日本語じゃないぞ・・・と思ってしまいます。

5. ネイルアートにも違和感。どんどんエスカレートしていく長い爪にデコレーション、あれでは「労働」はもちろん、「家事」すらできそうもないから、ということは新たな貴族階級の象徴?現代版てん足?なんて思ってしまうのです。

6. 「ぷち整形」「ぷち家出」など「ぷち」つけたからっていいのか?

 今後、まだまだ出てくるであろう違和感、拒否反応とどう向き合っていくか、そこから見えてくる自分と時代への距離感もけっこうおもしろいかもしれません。  








「WATARIDORI」とジャック・ペラン/03年5月20日

 印旛村などの水田にムナグロ、キョウジョシギ、さらにアオアシシギかと思われるシギ・チドリ類やアマサギが渡ってきて、せっせと餌をとっている。アマサギはひと夏をここで過ごすが、シギ・チドリ類の多くはこの中継地を経て、さらに北へと渡って行く。渡り鳥の渡りの習性には謎が多い。どうやって目指す方向を知るのか?旅立ちの決断はどうやってするのか?危険も多いだろう旅を続ける理由はなんだろう?などなど。

 いま上映中の映画「WATARIDORI」は様々な種類の渡り鳥の渡りの様子を撮影したドキュメンタリー。ガンやハクチョウなど大型の鳥の渡りは迫力満点。長距離の渡りに耐える翼は随分と大きく力強いことをあらためて知った。そして、飛翔スピードもちょっと目がくらくらする程の速さ。絶えず鳴き交わしながら飛んで行くのは、渡りが共同作業であることを教えてくれる。当然、多くの危険があり、いくつもの不慮の死もある。残酷だが、これも厳しい現実として避けて通れないシーンだけに心が痛んだ。
 超軽量飛行機や熱気球などを駆使し、人間や機械、カメラを恐れない様、ヒナ以前からならす訓練を積み重ねて撮影されたというこの映画によって、渡りの大変さもすばらしさもこれまで以上に感じ取ることが出来た。砂漠を、大海原を、大草原を、ヒマラヤを越えて飛んで行くシーンの映像は本当に美しい。そしてツインタワー健在のニューヨークを飛んで行くシジュウカラガンに、思わず吐息を漏らした観客のひとりでした。

 この映画、3年の歳月をかけ、40カ国以上で、100種の鳥の渡りを撮影するのに20億円の制作費を要したというが、その総監督がジャック・ペランというところにも思わず微妙に反応してしまった。初めて彼を記憶したのは、イタリア映画の「家族日誌」だったと思う。華奢な金髪の美少年、ジャック・ペランは、家族のために懸命に働く兄・マルチェロ・マストロヤンニに甘えてばかりの、そのくせちゃっかりと結婚をし、あっという間に病死してしまう弟役でした。保護本能をくすぐる彼の甘い容姿が「本当に勝手なやつだ」と思いつつも、放り出すこともできず面倒をみてしまう兄の気持ちを納得行くものにしていました。
 次いでコスタ・ガヴラス監督の問題作「Z」で、少し成長した彼が、アナウンサー役で出演していました。これはギリシャの現実を下敷きに軍部のクーデターでリベラル派や左派政治家が次々と粛正されていくという国家権力の犯罪をリアルに描いた政治的映画として高い評価を得た。ジャック・ペランは政治ニュースを淡々と伝えるアナウンサーを演じていたが、ラスト、無人の放送局にテロップで彼も粛正されたと伝える背筋も凍るシーンは特に印象に残っています。最近、彼が「Z」の製作にも携わっていたことを知りました。
 さらに二十年近く経て、「ニューシネマ・パラダイス」で功なり名を遂げて幼い頃過ごした街に戻ってきた映画監督としてジャック・ペランは姿を見せました。すっかり貫禄がついて、その昔の華奢な少年とはまるで別人の様でしたが、でも映画ひとすじで成果をきちんと積み重ねていることを知って、勝手に古い友人の成功を祝うような気分になったものでした。
 そして今回の「WATARIDORI」の総監督。愛らしい少年期だけで消えてしまうスターが多い中で、実力ある映画人となったことにすっかり感心した次第。
(同様の印象を持つのが、クリント・イーストウッド。あのTV映画「ローハイド」の頼り無さそうなカウボーイのロディがね・・・こんなに偉くなっちゃって・・・とついつい思うのです。まぁ年が知れますが・・・)








急がば回れ/03年5月17日

 自然観察の目利きに憧れます。骨董の目利きもなかなかなものですが、自然界の複雑な仕組みに精通し、楽しみながら存分に遊べたらいいなぁ・・・と思っています。10年近く自然観察会に参加しているというのに、たとえば植物にしても識別は難しく、名前すらなかなか覚えられないのですから、情けない。毎年、春の植物観察会で教えられる名前も右から左に抜けて、翌春は確かに初対面ではないけれど、名前さえ思い出せないことのくり返し。Walking Dictionary、歩く百科事典「とし」について歩いていると、「あれは?」「これは?」と聞きさえすれば、答えがかえってきて便利ではあるけれど、これがくせもの。よほど特徴的な、あるいは印象に残るものでないかぎり、うろ覚えどころか、記憶に残らないことが多い。
 ひとりで歩いていて、知らない植物や昆虫に出会ったら、出来るだけその形、色、手触りなどあれこれ確かめて、あとで図鑑に照らし合わせて判別ができるように真剣に見る。もちろん、十分手がかりを得られず、正体不明に終わることも多いが、しかしうすら頭にもこの方が残るようです。
 先日、エノキの葉に止まった蝶を間近でしげしげと観察することが出来ました。黒地に白の斑点がいくつもある大形の蝶、その斑点のあり方をよく頭に入れ、さらに「見て!」といった感じで羽をたたんだ裏側が白いことも確認。さて、図鑑で「あれか?」「これか?」と探して、見つけました。「ゴマダラチョウ」とりあえず、また出会った時、識別ができる自信がもてました。まあ、これは結構はっきりとした特徴があるから容易だったのでしょうが、でも、自然観察の目利きにも近道はなし、「急がば回れ」と今ごろ気づいたのでした。お粗末!






「オイルと書いて自由と読む」/03年5月10日

  野田秀樹の芝居は時空間を自在に行き交う複雑な構成だから、あらすじを紹介するのがとてもむずかしい。さらにかけ言葉、言葉遊びがからみ、思いもかけない方向に飛躍したりもするからもうたいへんなのです。
「パンドラの鐘」で天皇の戦争責任を問うた野田は、今回の「オイル」でアメリカの原爆投下責任を問い、同時にそのことを簡単に忘れ去る日本人へ痛烈な怒りを投げかける。この芝居の着想は1年半も前のことで、発端は「古事記」の「国譲り」が実は「国盗り」であったとの指摘から始まる。出雲の地を舞台に古代、1945年の敗戦直後、そして現代が自在に交差する。アメリカ占領軍がなぜこの出雲の地に目をつけたか、実はそこにオイルが産出することがわかったから、という、アメリカの対イラク戦争を彷佛させるストーリーへと展開されてゆく。寓話として書いた脚本だったはずが、稽古をする間にどんどん現実がこの芝居に追い付いてきてしまった、という野田の慧眼が、予知能力が恐いような作品。
 カリカチュアされたアメリカ占領軍に「アメリカではオイルと書いて自由と読む」と言わしめるような痛烈な皮肉は、イラク攻撃の怪し気な大義名分にリンクする。長崎出身の野田がアメリカの原爆投下にこだわるのは当然である。広島、長崎の市民を何十万人も殺して、その責任は全く問われない、人権意識皆無、同じことをベトナムで、アフガニスタン、そして今イラクでくり返しているが、主人公、死者や神々と対話できる電話交換手の松たか子が無垢な娘の言葉としてその激しい怒りを発する時、見るものをグザリとつらぬく。「原爆によって石段に影しか残せなかったひとのことをそんなに簡単に忘れていいの?簡単に忘れて、チューインガムかんで、コーラ飲んで、ハンバーガー食べていていいの?」・・・・・彼女の透明感のあるかん高い声が矢となって突き刺さる気がした。その延長線上に、日本政府のイラク攻撃支持への反対の意志表示も強く感じられ、この芝居をもし見たら、安易に感動する小泉総理がはたして何と言うだろう?と思ってしまった。ブッシュ大統領はおそらく馬耳東風だろうけれど、ブレア首相ならどう感じるか?とも思った。「赤鬼」をロンドン公演した野田さん、「オイル」も海外公演すればいいのになぁ・・・。





チケットにまつわる話/03年4月17日

 コンサートも同様でしょうが、芝居を見るにはまず、チケットを手に入れなくては始まらない。ところが、人気の芝居となると、このチケットをめぐって熾烈な争奪戦が繰り広げられることになります。最近ではネットでも販売(オークションにあらず)されるけれど、基本は電話でしょ。でも、これがつながらない。もう、何度、NTTのアナウンス「ただいま電話がたいへん混み合っております。しばらくたってからおかけ下さい」を聞いたことか・・。リダイヤルの度にくりかえされ、もううんざり(受話器にむかって「つながれ〜」「つないで」「お願い」としだいに気弱になって行く)。それでも、最終的になんとか電話がつながり、チケットが取れれば、まあ苦労の甲斐もあるが、ようやくつながったと思った瞬間、「全て終了」と冷たく言われたりしたら・・・。もうがっくり。立ち直るのに時間がかかる事態となります。
 これまで、いくつか芝居を見て来て、それなりに運よくゲットできて来たんだなぁと気づいたのは、今年3月に(大げさに言えば)史上に残る争奪戦に敗北し、もうがっくり、疲れ果てしばらくはボー然状態となった時でした。さらに、それに追い討ちをかけたのが、ネットオークションにゾクゾク、その入手したかったチケットが出るのですから、もう頭に来ました。裏技などもあるらしい、けれど、それにしても、ネットオークションとダフ屋とどうちがうの?と思ってしまいました。
 いくつもの先行販売、さらに一般販売、その振り分けはどうなっているのか、チケットにまつわる闇を解明するために、「ちけっと・ぴあ」に就職したいくらいです(まあ、年齢からしてとうてい無理ですが)。  一般発売のわずか12分で完売になる芝居もあるかと思うと、発売から1ヶ月以上たっても、簡単にチケットが取れてしまう芝居もあって、人気の有無を考えさせられることも(内容ではないと思うのですが)。見たい芝居が好きな時に見られる身分になってみたい気もしますが、でも苦労して手に入れた一枚のチケットが輝いて見え、観劇の日までわくわくするのもなかなかのものではあります。





時と所を選ぶ読書/03年4月3日

 かつて日本橋に仕事場のあった時は、行帰りの車中が主な読書時間でした。面白い本を読んでいて、目的の駅で下りそこなったこともけっこうありましたが、さらにあまりの面白さに笑いをこらえるのに苦労することも。その頃、椎名誠さんが編集長の「本の雑誌」にある「発作的座談会」がお気に入りでした。発行人の目黒考二さん、椎名さんにイラストレーターの沢野ひとしさん、弁護士の木村晋さんの4人が様々なテーマについて「あ〜でもない」「こ〜でもない」と話し合うだけなのですが、「よくこんなこと思い付くよ」とそのナンセンスぶりに笑い転げることしばしば。でもそれが電車の中でとなると、どうしても笑いをこらえるから、もう苦しいったらない。そんなわけで「発作的座談会」は一度で懲りて、その後はうちで読むことにしました。それも、家族が寝静まってから、ゆっくり心置きなく「あははは〜っ!」と笑って読んでいたら、背後になにやら気配が・・・。振り返ると、のどが乾いたと起きて来た息子が無気味なものを見るように立っていたのです。これには「見たな〜!」ってちょっと気まずいような、恥ずかしいような気分になりました。まったく何時どこで読めば良いんだ・・・・。
 最近、思いがけない本で笑いを堪えるのに苦労してしまいました。斉藤美奈子さんの「文章読本さん江」。この本のほとんどの部分は別に問題ないのですが、明治初期に試行錯誤した言文一致運動に関連して登場する文章のいくつかがあまりに珍奇で、もう笑わずにいられない。その部分をよりにもよって車中で読んでしまったのです。笑うかわりに顔がゆがんでしまいました。
 笑うのではなく、思わず泣いてしまうこともあって、これも困ります。病院で精算を待つ間に読んでいた辻邦生さんの「花のレクイエム」。わずか400字の短編小説12編をあつめた作品集で、その時読んでいたのがライラックの花にまつわる難民の少女のお話。思わず涙が出てきてしまって、あわててハンカチを取り出したけれど、いやはや読書もたいへんです。まあ、きちんと時間をとって、万事体制を整えて本を開くというわけにいかない以上、これからも思わぬところで泣いたり笑ったり苦労することでしょう。まあ、その分本の印象も深まるともいえそうですね。



 

地味好み/03年3月28日

  世の中には華やかな人気を集めるものがある。別に「キムタク」や「松嶋奈々子嬢」のことではない。たとえば観察会で出会えると「わ〜!」「きゃ〜!」と人気No.1間違いのないはカワセミ。あの美しいコバルトブルーとオレンジの色使いで「清流の宝石」とまで言われるが、最近は都市河川の水質も良くなったのか、けっこうそこここで見られるようになっては来た。しかし、それでも相変わらず人気は高い。
 それにひきかえ、キジバトやツグミなど同じ鳥でありながら、あまり顧みられることはない。スズメ、ヒヨドリ、カラスにいたっては、双眼鏡で確認した瞬間、「な〜んだ」と言われてしまう。でも、どちらかというと、キジバト、ツグミ、スズメの地味なグループ好きです。まあ、鳥には別に人間にもてたいという気はないでしょうが、目立たず静かに生きる姿勢、学ばなくてはと思ってしまうこともあるくらいです。あくせくすることなく、くよくよ悩まず、その瞬間その瞬間を満足して生きることができたら、人間世界ももっと暮しよくなるのではないかと、彼らを見て思うことしきりです。まあ、もともと地味な人間のせいで、彼らに共感を覚えるのかもしれません。




子育ては難しい/03年3月8日

 たった一人しか子どもを育てた経験がないせいでしょうか?「子育て」はむずかしいと思います。後になってから「こうすればよかった」「なぜもっとのんびり待てなかったのだろう」などあれこれ反省するけれど、渦中にある時は本当に気持ちに余裕がない、そんなわけで子どもに対して「未熟な親で悪かったなぁ」とも思うのですが、「今さらそういわれても」と息子は言うでしょう。
 ふにゃふにゃの赤ん坊をぎこちなく抱いて退院した日、「これからこの子をちゃんと育てていけるのだろうか?」と不安いっぱいだったあの気持ちは忘れられません。激しい夜泣きに「これはもしかしてひどい病気ではないか」と切羽詰まって近所の小児科医に夜遅く電話をし、幸い親切にも診察してもらうことになって、外に出た途端、なんとすやすやと寝てしまった息子に、まったく途方にくれたりしました。
 それでも、ハイハイ、つかまり立ち、ヨチヨチ歩き、片言を話す、などひとが生まれてからいかに成長していくかを(じぶんの記憶にはない部分を)、目の前で見せてもらえたことだけで、育てる苦労に対して充分すぎる対価を得た気分でした(逆に父からは老いと死という私の未来を見せてもらいましたっけ)。かわいそうに不器用な子のせいか、なかなかつかまり立ちができず、何度も何度もベッドの柵につかまって立ち上がっては転び、立ち上がってはひっくりかえる、それをくり返す様に、「あれだけ努力(?)すれば何でもできるようになるよね」と教えられた気もしました。だから1歳の誕生日はもう「感激」でした。よく無事に1年が過ぎたと。もう生まれたてのふにゃふにゃの存在ではなく、だんだんにハッキリと意思表示すらできるようになってきたのですから。 
 そう、保育園の卒園式、小学校の卒業式、ひとつひとつ成長していく様子は実に嬉しいものでしたが、しかし、大きくなると幼かった頃とはまた違った心配が増えるのも事実。本当はもう子育てのゴールをとっくに過ぎたはずなのに、実はまだ「引きこもりがち」の息子に心配は尽きないのです。本当に子育ては難しい・・・(でも、子どもに育てられた部分はとても大きいと感謝しています)。



人は見かけによらない?/03年2月14日

 かれこれ数年前になるのだろうか?ぼんやりと眺めていたTVの音楽番組に長髪を金色に染めて、よれよれの服を着た若者3人が登場した。「きっとうるさいだけの音楽なんだろう」とその身なりから判断し、「やれやれ」と思ったその瞬間、ドキッとする音がなりはじめ、さらに「これぞ私の思いを代弁している」といえる歌詞が流れ出した。いやはや、びっくり。人を身なりで判断していはいけない、とあらためて思い知らされたうれしい瞬間だった。
 金髪のよれよれのその3人組の名前は「イエローモンキー」。なんとも挑発的な名前であり、そして、吃驚した曲は「ジャム」。「外国で飛行機が落ちました。キャスターはうれしそうに『日本人はいませんでした』と叫ぶ。僕はどう考えればいいのだろう」と歌う彼らに、たちまち共感した次第。その後、「球根」という曲にもやはりハッとさせられた。日頃、何気なく見ていた球根の一つ一つに「いのちが宿っている」と歌う彼ら。そう、だからおかしな先入観なぞ持つべきではない、と教えてくれた彼らが、活動休止したのはなんとも残念でならない。




芝居好きのきっかけは/03年2月8日

芝居が好きになったのは、98年につかこうへい原作の「広島に原爆を落とす日」再演を見た時からです。過去にもいくつか芝居は見てきた(中には演劇史に残る作品もあった)のですが、残念ながらその魅力が十分理解できないでいたのですが。
 98年4月、諌早湾がギロチンで閉め切られて1年の集会に参加するついでに、松戸駅の公衆電話からダイヤル2〜3回でチケットをゲットできたのはかなり運が良かったと言えるでしょう。
 これは広島に原爆を投下したのは白系ロシアとの混血日本人海軍将校・ディープ山崎だったという衝撃的な芝居で、初演は79年、主演の風間杜夫のために書かれた作品と言う。しかし、その内容ゆえにつかこうへい自身が二十年近く封印していたものの、97年にいのうえひでのりの演出、稲垣吾郎主演でよみがえった芝居が評判となり、翌年再演されたわけです。

 原爆投下を戦争終結の条件とされた日本軍部は、アメリカ軍による京都への投下を拒むが、代案として日本兵が投下することを引き受けざるを得なくなる。その結果、かつての恋人にして上官から、原爆投下を命じられたのが山崎少佐。頭脳優秀だが、混血であることからしいたげられ、誰も引き受け手のない仕事を押し付けられた彼は懊悩、煩悶の末に、恋人と両親を捧げることにして、ふるさと広島への原爆投下を決意する。荒唐無稽なストーリーであり、「未来のために原爆投下を引き受ける」という論理も、被爆者の方々には受け入れ難いものではあろうが、しかし、この芝居には強烈な戦争批判と同時に、痛烈な戦後批判も込められていて、そこに圧倒されました。「未来のために」「僕らの夢のデモクラシーのために」と熱く語るディープ山崎に対し、戦後五十数年を経たいま、「犠牲の上にこれだけのものを築いた」と誇れる状況にないことを否応無しに突き付けられた気がして・・・・。この芝居のクライマックスは、原爆投下を前に心情を告白する10分にわたる山崎の独白シーン。ここで隣の20歳前後の女の子3人が一斉にハンカチを握りしめて、鼻をすすり上げたのです。「戦争なんて知らないよ」と言いそうな彼女たちを感動させる芝居の力に驚くと共に、感じ入った次第です。東京公演後、インド、パキスタンの相次ぐ核実験のニュースの中、広島でも演じられて、大きな反響を呼んだという(原爆の悲劇について若い人に関心をもってもらうきっかけになるなど論じられた珍しい芝居と言えます)。
 この芝居で「つかこうへいって面白い」「芝居って楽しい」と遅ればせながら気づき、その後、「熱海殺人事件」「寝盗られ宗介」「蒲田行進曲ー銀ちゃんが逝く」などを見、さらに、どんどん触手を伸ばしていろいろな作品を見るようになりました。つまり芝居好きの「きっかけはつかこうへい」です。この「広島に原爆を落とす日」についで、心を揺さぶられたのは野田秀樹作「パンドラの鐘」。これは長崎への原爆投下を下敷きに、神話の世界をだぶらせて天皇の戦争責任まで鋭く描いた衝撃的な作品で、見終わって頭も心もくらくらさせながら帰宅したのを今もはっきりおぼえています。昨年の「欲望という名の電車」がとりわけ印象深かったのは、その昔、まだ高校生の頃に杉村春子と北村和夫の「欲望をいう名の電車」を見たものの、まるでこどもの私にはさっぱり理解できなかったのに、40年を経た結果、主人公ブランチの虚栄心も弱さも手にとるようにわかり、テネシー・ウイリアムズって天才!と感動するようになったから。この時ばかりは「年を経ることもまんざらではないわ」と思いました。
 シリアスな芝居だけでなく、よくできたコメディーも、「くったくなく笑える幸せ」を感じることができて大好きです。三谷幸喜の「バッドニュース、グッドタイミング」に笑い転げ、加藤建一のウエルメイド・コメディに癒されています。
 しかし、人気の芝居はチケットをとるのがまず大変、その分、手にした時の喜びはひとしおですが。公演日まであれこれ思い描いて楽しめ、見終わっても余韻にひたれる上に、なんと言っても生の舞台は見る方も真剣勝負って気がして(ビデオのように何度でも見直せるわけではないから)わくわくです。ただ、チケット代がけっこう高いので、そうそうあれもこれも見ると言うわけに行かないのが実に残念ですけれど。いまは、3月に見る予定の「ペリクリーズ」(シェークスピア)の原作を読んでおかなくては、と思っているところ。










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